[スタイルの原点]stylesense023
- あおひこ
- 2022年7月18日
- 読了時間: 3分
福岡から上京し、東京で暮らして40年が過ぎた。その間、変わらず貫いているワタシスタイルが…
•チャリンコ(→免許を取得しない)
•読書(→書き記す/日記、雑文、小説)
•料理(自炊→菓子作り→飲食業→おうちカフェ)
哀しいかなもう一つの[ネコとの暮らし]は、今世では既に終わってしまったようだ。
これら3つのスタイルが確立したのは、19〜21歳までのわずか3年の間。
•40年間乗り続けているのは、西荻窪「アロートレイディング」のクラシックタイプで、当時2万円以下でシマノのパーツを含む組み立てセットが購入できた。初めてそのチャリンコを目にしたのは、’77年のPOPEYE16号の記事だった。翌年の3月に専門学校に通うために上京すると、学校が始まる前に西荻窪に行き、店で組み立てた1号機(コースターブレーキ、変速なし、前ブレーキなし、タイヤカバーなし)に乗り、2時間かけて文京区小石川の下宿先まで帰った。
それ以降、ハンドルのタイプは変わったが現在も乗っているのは、クラシックタイプの5号機(同じ型の5台目、フレーム色はずっと黒)である。
•高校生までは本といえば、SFや探偵ものか天文学関係の文献だけで、いわゆる文学といわれる作品や長編小説の類いを読むことはなかった。
活字に目覚めたきっかけは、’81年に初めて海外をバックパッキングの旅をしていた時のこと。イタリアのユースホステルに設置してあった棚“海外漂流文庫”の一冊の文庫本『ダブルハート』(渡辺淳一/文藝春秋)を手に取って、日本語に飢えていたワタシは読み耽った。
帰国してからも、その熱は冷めずに日本の作家に始まり、海外(英米仏)の作家の小説から宗教書や哲学書まで、幅広く読むようになった。
1〜2年毎にマイブームがあって、今年の春頃まではジェフリー・ディーバー、今は辻仁成と森有正の著作を読んだり、20代の頃に読んだ記憶のある『森の生活』『人間復興の経済学』なんかを再読している。
•料理に目覚めたのは、専門学校に通っているときの下宿屋で出されていた賄いに飽きたことに始まる。朝食はパンとコーヒーなので問題なかったが、夕食は御膳で部屋に配られるのが夕方の5時と早過ぎて、食べたくなる頃には冷え切って旨くはなかった。おかずも50代の大家さんが作る地味な味付けの和食(今だったら好きかも)系、いい加減飽きていたので2年目には朝食だけにして、夕飯は部屋でキャンピング・ストーブを使って、料理をするようになった。とはいっても、最初は冷凍炒飯を炒めたり、インスタントラーメンを作る程度だった。
学校を卒業して、台所付きのアパートの6畳間を借り、出版業界でイラスト描きや雑誌のレイアウトデザインの仕事で食べていけるようになると、料理本を片手に本格的な[玄米正食]に邁進した。
基本的に当時の仕事仲間は、全共闘世代でベ平連の流れを汲む一回り上の年齢の人が多く、仕事である雑誌や書籍の内容もカウンターカルチャーが多かった。必然的にワタシスタイルは“遅れてきたフラワーチルドレン”の様相を呈していた。
今回も読んでくれてありがとう。
コメントや質問を頂けるとなお嬉しい。
ではまた(^.^)b


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